「令和の不動産流通」を考える上での大きな課題のひとつが「心理的瑕疵」の問題だ。心理的瑕疵とは、不動産取引にあたって買主や借主が心理的な抵抗感を感じる恐れがある事項のこと。そうした事柄を隠したまま取引してしまうと、後々トラブルになるだけでなく、業者も罰せられるケースもある。そのため、不動産流通事業者は、とかく「心理的瑕疵」の心配がある取引をさける。とくに「自殺」「事件」「火事」「孤独死」などの履歴がある「事故物件」を取り扱う事業者は極端に少なく、物件オーナーの苦労は計り知れない。「心理的瑕疵」がなぜややこしい問題なのか?それは、対義語である「物理的瑕疵」と違い、「人によって、瑕疵に対する感じ方が違う」からだ。物理的瑕疵の典型である「雨漏り」がする家は、どんな人でも嫌に決まっているし、その事実を知りながら隠して売れば、あとで契約不適合責任に問われる。ところが、心理的瑕疵はそうとは限らない。 たとえば「近くに暴力団事務所がある」といったケースでは「それは御免こうむりたい」という人もいれば「頻繁に警察が見回りしてくれるから、かえって安全だ」と歓迎する人だっている。ここまではOK、ここからはNGという「線引き」「ルール」が存在せず、あくまで実務者の感覚に頼らざるを得ないのが「心理的瑕疵」物件の取引だ。 心理的瑕疵の中でも、近年とくにその取扱いが注目されている「事故物件」についても同様だ。「自殺」や「殺人事件」のあった家などはさすがに取引を躊躇する人がほとんどだろうが、厳密には事故物件ではない「自然死(孤独死)」となるとやっかいだ。人が死ぬのは当たり前。まして独居高齢者が増え続ける中で、孤独死のリスクは年々高まっている。発見が遅れ周囲に腐敗臭が漂い、警察沙汰になるようならともかく、発見が早く事件にもならず、後処理も粛々と行なわれた部屋であれば、ことさら気にする人も少なくなってくるはずだ。(最近、事故物件の口コミサイトが人気なのも、単純に事故物件を忌避したいユーザーだけではなく、「安ければ安いだけの理由を知っておきたい」というユーザーも重宝しているからである。 とはいえ、事故物件に興味を持つのは、「気にしない人」たちばかりではないから、万が一のことを考え、要因となる事象の「告知」は外せない。ただ、正直に告知しても歩留まりが上がるわけではなく、取引は流れるケースがほとんど。流動性が低ければ価格も下がる。一般的に、「事故物件」の取引価格は、同じスペックの一般物件と比べ、1割~5割安となってしまうというため、「労多くして実りなし」と、取り扱う事業者も極めて少ない。 「横浜市内の同業者で、事故物件を取り扱ってくれるのは、せいぜい1割といったところです。大手不動産流通会社はほぼ皆無。多かれ少なかれリフォームが必要になることや、(価格が安いため)問い合わせは多いのに、告知すると売れない、の繰り返しで疲弊してしまうためです。そのため、結局は一般ユーザーには売れず、買取再販業者に安く買い取ってもらうケースが多いのです。 「超高齢社会を迎え、これからは孤独死が急増してくる。孤独死の多くは、自然死で何の問題もありません。にもかかわらず、相続される方は不動産をなかなか処分できず、買取再販業者に何とか売ってくれと不当に安く売らなくてはならない。利益は度外視、社会貢献的側面から取り組めればいい、告知事項の説明が必要な事故物件の情報をユーザーに隠さず伝えることで、ユーザーが不用意に事故物件に遭遇するリスクをなくすこと。事故物件NGのユーザーが価格につられて物件照会することが少なくなれば、仲介会社の余計な負担も減ることが期待できる。 もう一つは、事故物件を「探している人」に、ダイレクトに物件情報を提供することだ。事故物件であるかないかは、告知事項の有無でしか判断できないため(それすら広告に記載せず、契約直前に告知する業者もいるという)、一般的なポータルサイトやレインズで「あえて事故物件を探す」ことは難しい。自然死等なら特段気にしないというユーザーや、安値で不動産を仕入れたい投資家等が事故物件に的を絞って物件探しをしていることも多く、そうしたユーザーに情報を提供するという狙いもあるという。 反響は、月平均十数件。問い合わせてくるのは「自分たちが死ぬまで住めればいい」と考えているシニア夫婦や、「とにかく安く家が欲しい」という賃貸脱出組、または医師や看護師、葬祭業など、“死”を気にしない職業の人たち。 「心理的瑕疵の問題は自分には関係がないと思っている人は多いですが、高齢社会の到来で、実はいつ当事者になるかわからない問題だと思います。